最高裁判所第一小法廷 平成10年(行ツ)116号 判決 1999年3月11日
大阪府茨木市庄一丁目二八番一〇号
上告人
フジテック株式会社
右代表者代表取締役
内山正太郎
右訴訟代理人弁護士
内田修
内田敏彦
東京都千代田区神田駿河台四丁目六番地
被上告人
株式会社日立製作所
右代表者代表取締役
金井務
右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行ケ)第二五六号審決取消請求事件について、同裁判所が平成一〇年一月一四日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人内田修、同内田敏彦の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)
(平成一〇年(行ツ)第一一六号 上告人 フジテック株式会社)
上告代理人内田修、同内田敏彦の上告理由
目次
一、序論 一頁
二、本論 一五頁
三、結論 三八頁
一、序論
(一)本件上告事件は、次の発明(以下、「本件発明」という。)について、特許無効審判の請求を不成立とした審決の結論を支持した、東京高等裁判所の判決の破棄を求めるものである。
発明の名称「エレベータのサービス予測時間算出装置」
出願日 昭和四九年三月二九日(原出願日を援用)
出願公告番号 特公昭五七-四〇〇七三号
特許登録日 昭和五八年六月一四日
特許登録番号 第一一五〇六二八号
無効審判 昭和六三年審判第一〇六九一号(平成六年八月二九日審決)
原判決 平成六年(行ケ)第二五六号
(平成九年一一月二六日口頭弁論終結・平成一〇年一月一四日言渡)
(二)本件発明は、エレベータが各階床(ホール)にサーゼスするまでに要する予測時間を算出する装置に関するものである。本件特許の明細書には、その旨の記載と共に、「特にこの予測時間を用いてホール呼びの割当て等を行う群管理制御に好適な装置に係る。」と記載されているが、本件発明は、これを適用するエレベータシステムのエレベータの台数について明確に規定しておらず、当然、一台のエレベータしか備えていないシステムにも適用可能である(審決書一九頁七~二〇行)。
上告理由の陳述に先立って、エレベータのサービス予測に関する概要を簡単に説明すると次の通りである。
1「群管理制御」
複数台のエレベータを一元的に効率よく運転管理する制御方式であり、各階床で上行き又は下行きの呼びボタンが押された場合(これを「ホール呼び」という。)、エレベータシステム全体の運行効率等を考慮に入れて、それぞれのホール呼びに対してどのエレベータを差し向けるかを決定する呼び割当て制御を行うことが主流であるが、具体的には考慮に入れる要素の数、優先順位の付け方等により種々のものがある。
2「サービス」
待ち客によるホール呼びがあった場合、この待ち客を乗せるために、右ホール呼びの発生階床へ、エレベータを差し向けて停止させることである。
原判決は、群管理制御により前記ホール呼びの発生階床へ差し向けることに決定したエレベータを、「ホール呼び発生階床にサービスすることが既に決定されているエレベータ」と表現している(一八頁四~六行、及び同頁一四、一五行)。
なお、或るホール呼びに対してこれに差し向けるエレベータを決定することを「割当て」といい、差し向けるエレベータが決定しているホール呼びを「割当て済みホール呼び」という。また、エレベータのことを「かご」ともいい、エレベータ内で乗客が行き先階を示す押釦を押すことを「かご呼び」という。
3「サービス予測時間」
待ち客によるホール呼びがあった場合、差し向けられたエレベータが当該ホール呼び発生階床に到着するまでの期間(以下、「サービス待ち期間」という。)の時間長さを予測することをサービス時間予測といい、この予測による予測結果たる時間を「サービス予測時間」という。
したがって、この時間予測の対象期間である「サービス待ち期間」の満了点(終点)は「当該ホール呼び発生階床にサービスすることが決定(又は仮決定)されたエレベータ」が当該ホール呼び発生階床に到着するとき、である。しかしながら、サービス待ち期間の起算点(始点)を如何なる時点にするかは、次に述べるように制御方式によって異なる。
本件特許の明細書によれば、「このような従来方式のサービス予測時間は、演算時点より後の予測時間しか考慮していないため、群管理制御上問題があった。」とされている(甲第二号証一頁二欄一一~一三行)。すなわち、ここでいう従来方式の「サービス予測時間」においては、時間予測の対象期間とされる「サービス待ち期間」は、時間予測のためにコンピュータを用いて演算を行う時点を起算点(始点)とし、「当該ホール呼び発生階床にサービスすることが決定(又は仮決定)されたエレベータ」が当該ホール呼び発生階床に到着する時点を満了点(終点)とするものである。
これに対し、本件発明に係るサービス予測時間算出装置において「サービス予測時間」の予測対象とされている「サービス待ち期間」の起算点(始点)は、「対象とするエレベータに対応するホール呼びの発生直後」である。すなわち、本件発明が時間予測の対象期間とする「サービス待ち期間」は、従来方式が予測の対象期間としていたものと同一ではなく、そのホール呼びの発生時点(正確には発生直後というべきであるが、算出装置は発生とほとんど同時に算出するから、これを「発生時点」と呼んでも誤解を生じるおそれはあるまい。)から、「当該ホール呼び発生階床にサービスすることが決定(又は仮決定)されたエレベータ」が当該ホール呼び発生階床に到着する時点までの期間である。「サービス予測時間」という同一の表現でありながら、その時間予測の対象期間である「サービス待ち期間」の起算点(始点)が異なるので、混同しないように留意されたい。
因みに、本件特許の明細書では、時間予測の演算をする時点を起算点(始点)とし、「当該ホール呼び発生階床にサービスすることが決定(又は仮決定)されたエレベータ」が当該ホール呼び発生階床に到着する時点を満了点(終点)とする「サービス待ち期間」についての予測時間を指して、「ホール呼び発生階床に当該エレベータがサービスするに要する時間」と称している(特許請求の範囲参照)。また原判決は、右予測時間を、演算時点を基準にして「今後の予測時間」と表現している(二六頁五~七行)。
4「サービス予測時間の算出」
本件特許明細書に従来方式として記載されているサービス予測時間は、コンピユータ等の算出手段を用いて演算することにより算出されるが、この演算は、先ず、待ち客によるホール呼びの発生時点で直ちに行われる。これが初回の演算である。この演算は一応、全エレベータについて行われる。そして、コンピュータがその算出結果等を考慮して、当該ホール呼びに応答すべき一台のエレベータを選択・決定する。
次いで、別の待ち客により次のホール呼びが新たに発生すると、このホール呼び(以下、これを「新規ホール呼び」といい、前のホール呼びを「割当て済みホール呼び」という。)に対しても、その発生時点で直ちにサービス予測時間の初回の演算が全エレベータについて行われる。それと同時に、割当て済みホール呼び発生階床にサービスすることが決定されたエレベータについては、右演算時点から、このエレベータが当該割当て済みホール呼びの発生階床ヘサービスする(到着時点)までの「サービス待ち期間」の時間長さ(サービス予測時間)の予測演算が行われる。
(注)従来方式においても初回の演算のみは、起算点がホール呼び発生時点と一致するため、本件発明との区別が明確でないかの如くであるが、これはこの場合の起算点である「初回の演算時点」がたまたま「ホール呼び発生時点」とされているからであって、従来方式はその起算点が常に「演算時点」である点において本件発明と明確に区別され得るのである。
このように、右従来方式によるサービス予測時間の演算は、時々刻々変化する状況に応じて常時行われる。したがって、新規ホール呼びがいつ発生しても、当該新規ホール呼びの発生階床へのサービス予測時間の初回の演算が行われる際には、常に、当該演算時点から、割当て済みホール呼び発生階床ヘサービスすることに決定されたエレベータが当該割当て済みボール呼び発生階床へ到着するまでの「サービス待ち期間」の時間長さ(サービス予測時間)の再演算が並行して行われる。この再演算は、当該割当て済みホール呼びの発生階床へそのエレベータが到着するまでの接近過程において繰り返し行われ、目的階床への到着時点において最後の演算が行われる。この最後の演算によるサービス予測時間の算出結果は、予測対象であるサービス待ち期間の起算点(演算時点)と満了点(到着時点)とが同一時刻になるから、当然のことながら、ゼロ秒となる。
右のように従来方式によるサービス予測時間の演算は、初回の演算時点であるホール呼びの発生時点から、最後の演算時点である当該ホール呼び発生階床への既決エレベータの到着時点に至るまでの間に何度も何度も繰り返し行われる。そして、右演算による算出結果たるサービス予測時間の値は、各階床のエレベータホールにおいて各エレベータ毎に「到着までの秒数」として表示されたり、あるいはこの値が所定値(例えば一〇秒)以下になった場合にのみ到着予告燈を点灯させるなど、種々の方法で待ち客に報知することが通常行われている。
(三)本件発明について
1、本件発明の要旨
複数の階床をサービスするエレベータにおいて、少なくとも当該エレベータの位置と停止すべき階床を示す信号を入力し、ホール呼び発生階床に当該エレベータがサービスするに要する時間を算出する手段と、上記ホール呼び発生後の継続時間を算出する手段と、上記サービスに要する時間と上記継続時間とを加算して上記ホール呼び発生後当該エレベータがサービスするまでに要する時間を算出する手段とを備えたことを特徴とするエレベータのサービス予測時間算出装置。
2、本件発明が解決した技術的課題
本件発明は、前述の如く、従来方式、すなわち従来のエレベータのサービス予測時間算出方式においては、時間予測の対象期間である「サービス待ち期間」の起算点(始点)が常に演算時点であった関係上、その算出結果である「サービス予測時間」も演算時点より後の予測時間しか考慮していないために群管理制御上種々の問題があったので、このような問題を解決するためになされたものである(甲第二号証一頁二欄一一~一三行)。本件発明が右の問題点を解決するために採用した原理は、時間予測の対象期間である「サービス待ち期間」の起算点(始点)を従来方式のように演算時点とするのでは、ホール呼びの発生時点から当該ホール呼び発生階床へ到着するまでの時間長さが長時間になるか否かのチェックを十分に行い得ないなどエレベータ群管理制御の上で問題があるので、予測演算の時期如何にかかわらず、時間予測の対象期間である「サービス待ち期間」の起算点(始点)を常にホール呼び発生時点とすることにより、右問題を解決しようとするものである。
このことは、本件特許の明細書(甲第二号証)の五欄三八行~六欄二行に、本件発明の効果として、「この発明によれば、ホール呼び発生からエレベータがサービス完了するまでのサービス予測時間を高精度に算出することができるので、エレベータ群管理制御において長待ち呼びに対するサービス促進などにおいて精度の高い制御ができ、エレベータの運転効率を向上せしめる効果がある。」(傍線は上告人が付した)と記載されていること、並びに同明細書四欄九~一二行に「第4図は各階床各方向をサービスするに要する時間、特にホール呼び発生階に対しては、そのホレル呼び発生からサービス完了までの時間を予測演算する回路である。」と記載されていることに照らし十分に理解し得るところである(審決書一七頁六~九行参照)。
3、本件発明が課題解決に際して採用した解決原理と解決手段の関係
前述の如く、本件発明が課題解決に際して採用した解決原理は、時間予測の対象期間である「サービス待ち期間」の起算点(始点)を従来方式のように演算時点とするのではなく、これを、予測演算の時期如何にかかわらず、常にホール呼び発生時点とすることにより、従来方式が抱えていた「長待ち呼び」に対するチェックの不十分などの問題を解決しようとするものである。
而して、本件発明が右解決原理に基づいて採用した具体的なサービス予測時間の予測方式は、ホール呼び発生時点を起算点(始点)、既決エレベータの当該ホール呼び発生階床への到着時点を満了点(終点)とする「サービス待ち期間」の時間長さを予測演算するにあたり、該サービス待ち期間を演算時点で前後に二分して、演算時点より観察すれば将来の期間となる「演算時点から既決エレベータの当該ホール呼び発生階床への到着時点まで」の期間Aと、演算時点より観察すれば過去の期間である「ホール呼び発生時点から演算時点まで」の期間Bとに分け、期間Aについては予測演算により時間長さを算出して「ホール呼び発生階床に当該エレベータがサービスするに要する時間」を求めると共に、期間Bについてはその間に要した実際の時間(実時間)を算出して「ホール呼び発生後の継続時間」を求め、最後に、右両時間を加算して「ホール呼び発生後当該エレベータがサービスするまでに要する時間」を求めるというものである。
もっとも、このような説明の仕方に対しては、装置発明である本件発明を方法の発明の如く扱うものであるから不適切であるとの批判が或いはあるやもしれないので、この点につき敷衍すると、本件発明のように「…を算出する手段」という語句を多用して特許請求の範囲が記載されている装置発明は、これらをすべて「…を算出し」と読み替えて把握される方法の発明と実質的に同一であるから、少なくとも右の如く本件発明をその解決原理との関係において論ずる場面においては、本件発明を予測方式と捉えることに何ら問題はないのである。
二、本論
原判決には、本件発明の課題解決原理とこれを具体化した算出方式の解釈手順において判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反または審理不尽がある。
原判決は、原告の主張する本件発明の容易推考性を否定するに当たり、引用例発明1がいわゆる「長待ち呼び」などの解消促進のために採用している解決原理を、引用例発明2及び引用例発明3を用いて実施することの容易性につき、経験則違背又は審理不尽により誤った判断をした。
(一)引用例1(甲第四号証)の
そのうえ原判決は、引用例1に次の記載があることを認定している(二二頁一一~一八行)。
「もし、あるかごに呼びを割当てた結果、その呼びあるいは他のすでに割当てられている呼びの待時間が所定時間よりも長くなる場合には、ペナルティがそのコストに加算され、その割当ては阻止される。この呼びは、同様に最小コストに基づいて2番目に適切なかごに割当てられる。これは、不充分なサービスが明白となってからその対策をとる従来の方式の『forgotten man機能』をかなり改善したものとなる。」(傍線は上告人が付した)
従って、何人にも容易に理解できるように、引用例1に記載された発明(以下、原判決書四頁に従い「引用例発明1」という。)は、前述した本件発明の解決原理と同じ原理、すなわち、サービス予測時間の時間予測の対象期間である「サービス待ち期間」の起算点(始点)を、従来方式のように演算時点とするのではなく、これを、予測演算の時期如何にかかわらず、常にホール呼び発生時点となし、このことにより、従来方式が抱えていたいわゆる「長待ち呼び」の問題を解決し得ている。
(二)もっとも、右の原理に基づいて引用例発明1が採用した具体的なサービス予測時間の算出方式は、本件発明のそれとは異なり、「ホール呼び発生階床にサービスすることが既に決定されているエレベータについて、新規なホール呼びがあった場合、その時点で、既に仮定的に算出された始点から終点までの予測時間に、新規なホール呼びによる増加分を加算して、上記サービス予測時間を算出する、すなわち、新たな予測時点において既に経過した時間については従来通りの予測時間をそのまま計上し、これを実際の継続時間に置き換えることはない点で相違するものである。」(一八頁一三行~一九頁二行)
(三)原判決はこの相違点を過大に把握するあまり、右に述べた解決原理の同一性を一顧だにすることなく、次のように判示している。
「引用例発明1では、ホール呼びから乗り込む階床と降りる階床の両方を検出し、最初のホール呼びがあった時点で、サービス予測時間を算出し、その後、新たなホール呼びがあった時点で、新たなホール呼びが生じたことにより余分に要するサービス時間(増分コスト)を別途算出し、当初の算出時間に加算することにより、全体のサービス時間を予測するものと認められる。そして、そのサービス時間の予測にあたって、かご内の乗客数を何らかの方法により把握し、この人数が多い場合は乗降時間を増加して予測することは開示されているが、いったん算出された予測時間に修正が加えられることはなく、その後の上記増分コストが加算されるだけであり、当初の予測時間と現実の運行時間との差異を解消するため、それまでに要した現実の運行時間(継続時間)を考慮することは、全く想定されておらず、これに対する解決方法も何ら示唆するものではない。
したがって、既に停止が割り当てられたホール呼びに対して、新たなホール呼びがあった時点で、その時点での最新の情報に基づいて今後のサービス時間を予測し直し、さらに、当初の予測時間と現実の運行時間との差異を解消するため、それまでに要した現実の運行時間(継続時間)を加算して、全体のサービス時間を予測する本件発明と、いったん算出された予測時間に修正を加えず、新たなホール呼びがあった時点で、その呼びに基づく増分コストのみを加算して、全体のサービス時間を予測する引用例発明1とは、今後のサービス時間の予測の精度及び当初の予測時間と現実の運行時間との差異の解消の点において、基本的に相違するものといわなければならない。」(二三頁一〇行~二四頁一六行)
(四)しかし、本件特許の明細書において、「このような従来方式のサービス予測時間は、演算時点より後の予測時間しか考慮していないため、群管理制御上問題があった。」と記載すると共に(甲第二号証一頁二欄一一~一三行)、本件発明については、これと対照的に、「この発明によれば、ホール呼び発生からエレベータがサービス完了するまでのサービス予測時間を高精度に算出することができるので、エレベータ群管理制御において長待ち呼びに対するサービス促進などにおいて精度の高い制御ができ、エレベータの運転効率を向上せしめる効果がある。」(同号証三頁五欄三八行~六欄二行)と強調していることからも理解できるように、本件発明による従来方式の問題解決の基本たる中核部分は、サービス時間予測の対象期間である「サービス待ち期間」の起算点(始点)を従来方式が採用していた演算時点より以前のホール呼び発生時点まで繰り上げた点にあることは明らかである。
しかるに、原判決は、この対象期間の起算点の繰り上げの難易には一切触れることなく、起算点を繰り上げた対象期間の時間長さを予測する具体的な算出方式について、これを本件発明の如く構成することは容易に推考できないとした。すなわち、原判決は、この点につき次のように判示している(二五頁二〇行~二六頁二〇行)。
「引用例発明1では、前示のとおり、新たなホール呼びが発生した時点で、割当て済みのホール呼びに対するサービス予測時間を算出する場合、当初の予測時間に新たな呼びにより発生した増分コストをそのまま加算して算出するものであるから、サービス予測時間の始点及び終点は本件発明と同一であるとしても、本件発明のように、演算時点を中心として全体の予測時間を今までの継続時間と今後の予測時間とに分けて考えるという技術思想を開示ないし示唆するところはなく、本件全証拠によっても、本件発明の原出願前に、群管理を行うエレベータの制御システムにおいて、予測時間を算出する際に、その時点までの継続時間と今後の予測時間とを加算して算出することを示唆する資料は見当たらない。
したがって、出来事全体の所要時間を予測する際に、出来事の開始から予測時点までの経過時間と予測時点からその出来事の終了時点までの予測時間を加算して求めることが一般的・抽象的な軽験則であるとしても、引用例発明1のエレベータの制御システムに、このような一般的・抽象的な経験則を採用する動機ないし契機を欠くから、当業者にとって、このことが容易であるとはいえず、原告の上記主張は採用できない。」
(五)しかし、対象期間の起算点の前述の如き繰り上げ変更が引用例発明1に基いて容易に推考できれば、起算点繰り上げ変更後の対象期間の時間長さを予測する具体的な算出方式は、当業者であればいとも簡単に推考できることである。
原判決はこのことに思い至らず、経験則に違背して引用例1に記載されているサービス時間予測の対象期間とその算出方式とは不可分一体のものであるかの如く捉える誤りをおかしたのみならず、対象期間の起算点を右の如く繰り上げることが容易に推考可能であるか否かの審理を全く尽くさなかったため、本件発明の容易推考性の判断を誤った審理不尽の違法がある。
以下、この点につき論証する。
(六)エレベータのサービス時間予測の対象期間である「サービス待ち期間」が定まれば、この「サービス待ち期間」の時間長さを算出するための具体的な算出方式は、当業者がその時々の技術水準に基づき公知の算出手段を適宜選択して容易に定め得るものである。
いまこれを本件の事例に当てはめると、当業者が引用例1の教示に従い、サービス時間予測の対象期間である「サービス待ち期間」の起算点(始点)を従来方式が採用していた演算時点より以前のホール呼び発生時点まで繰り上げることにした場合、この繰り上げによる延長期間分が付加された新たなサービス待ち期間(これは引用例発明1および本件発明に共通するので、以下、これを「本件待ち期間」という。)は、本件特許明細書に記載されている従来の予測方式がサービス時間予測の対象期間としている「サービス待ち期間」(起算点は演算時点)の起算点の手前に、別途、、起算点(始点)をホール呼び発生時点、満了点(終点)を演算時点とする期間を付加したものに他ならない。
したがって、この「本件待ち期間」の時間長さを算出するための方式を当業者が考察する場合、先ず、「本件待ち期間」から右の付加部分を除いた期間部分、すなわち、従来方式が時間予測の対象期間としていたサービス待ち期間A(起算点は演算時点)については従来方式が採用していたのと同一の算出方式により算出することとし、「本件待ち期間」の前半部である前記付加部分、すなわち、起算点(始点)をホール呼び発生時点、満了点(終点)を演算時点とする過ぎ去った期間Bの時間長さについては別途算出をし、その後に右A、B両者の算出結果を合算すればよいと想到することは、通常人の経験則に照らし敢えて技術思想というまでもない一般的思考の自然な流れとして極めて容易に行えることであり、また右の過ぎ去った期間Bの時間長さは、これを時計などにより実際に経過した実時間として算出することもまた極めて容易に想到できることは、経験則に照らし間違いのないところと言うべきである。
それゆえ、引用例発明1が算出の対象としているのと同一の「本件待ち期間」について、その時間長さを当業者が算出するにあたり、この「本件待ち期間」を演算時点で前後に二分して、ホール呼び発生時点から演算時点までの過ぎ去った期間についての時間長さ(実時間)と今後のサービス予測時間とを求め、その後にこれら両者を加算して「ホール呼び発生後当該エレベータがサービスするまでに要する時間」を算出するという、本件特許発明のサービス予測時間算出装置と実質的に同一の技術思想に到達することは、当業者にとっては極めて容易なことと言うべきである。
また、原判決は、「本件全証拠によっても、本件発明の原出願前に、群管理を行うエレベータの制御システムにおいて、予測時間を算出する際に、その時点までの継続時間と今後の予測時間とを加算して算出することを示唆する資料は見当たらない。
したがって、出来事全体の所要時間を予測する際に、出来事の開始から予測時点までの経過時間と予測時点からその出来事の終了時点までの予測時間を加算して求めることが一般的・抽象的な経験則であるとしても、引用例発明1のエレベータの制御システムに、このような一般的・抽象的な経験則を採用する動機ないし契機を欠くから、当業者にとって、このことが容易であるとはいえず、原告の上記主張は採用できない。」と判示しているが(二六頁一三~二〇行)、何故、引用例発明1が採用している「本件待ち期間」の時間長さを算出する際に、右の如き一般的経験則を採用する動機ないし契機が必要であるのか全く不明である。前述の如く、「本件待ち期間」の後半部分に該当し従来方式が時間予測の対象期間としていたサービス待ち期間(起算点は演算時点)については従来の算出方式によることとし、「本件待ち期間」の前半部分に該当し起算点をホール呼び発生時点、満了点を演算時点とする過ぎ去った期間の時間長さについては経過時間として実時間により算出し、その後に両者の算出結果を加算するという方式を、当業者が思考の自然な流れとして極めて容易に想到できることは、通常人の経験則に照らし当然自明のことというべきだからである。
(七)右に述べたことを別の観点からさらに敷衍すれば、具体的に如何なる算出方式で本件待ち期間の時間長さを算出するかは、算出手段として如何なるものが利用可能であるかに負うところが多い。
上告人(原審原告)は、原審において、本件特許の明細書に記載された従来の算出方式に用いられている公知の算出手段として引用例2(甲第五号証)記載の発明(引用例発明2)の存在を主張立証した。この点に関する原審での陳述は次の通りである(原告第六回準備書面四頁六行~六頁六行)。
「2.甲第5号証の演算装置(将来の待時間予測装置)
甲第5号証には、本件特許の特許請求の範囲に記載されている構成の前半部分、すなわち、「複数の階床をサービスするエレベータにおいて、少なくとも当該エレベータの位置と停止すべき階床を示す信号を入力し、ホール呼び発生階床に当該エレベータがサービスするに要する時間を算出する手段」が記載されている。
すなわち、甲第5号証の第2図に示されている実施例を例にとると、複数の階床をサービスするエレベータシステムにおいて、上記「当該エレベータの位置」を示す信号は同図の場合10aであり、また上記「停止すべき階床を示す信号」は、同図の場合、11a、12a、13a(前二者はかご呼びによる途中階での停止、後者は乗り場呼びによる途中階での停止)および14a(目的階であるホール呼び発生階床)であり、これらの信号を入力することによって「ホール呼び発生階床に当該エレベータがサービスするに要する時間」が減算器15、デコーダ16、計数器17、デコーダ18、加算器19によって算出され、その算出結果たる出力19aに相当する時間が計数表示管20に表示されるようになっている(同号証2頁右上欄4行~左下欄10行参照)。同号証の第3図の21は、上記計数表示管20を組み込んで、乗り場に設置した待ち時間表示盤である(同号証2頁左下欄11、12行)。
しかも、甲第5号証の装置は、ホール呼び発生階床に当該エレベータがサービスするに要する時間を算出するための演算を常時行っている。このことは、同号証2頁右下欄16~18行に、「演算、変換、表示は常時行っているので、表示盤(21)の数字は、カゴ(10)の接近につれて時々刻々変化して表示される。」と記載されているところに照らし挿疑の余地がない。
したがって、甲第5号証の演算装置は、被告が平成8年4月17日付け第一準備書面の7頁の「(4)本件発明の新規な構成」の項において強調している時間算出の態様と全く同様に、「予測時点の時々刻々の変化に沿い、……(中略)……いつ登録されるか判らないかご呼びによるかごの停止に対しては、常時、かご呼びの発生を監視しつつ、かご呼びが発生する毎に、このかご呼びの行き先階への停止を考慮に入れた最新の情報の下で、その後にホール呼び発生階床に当該エレベータがサービスするに要する時間を算出する。」ことができるものである。
すなわち、甲第5号証の装置は、現実の群管理エレベータシステムにおいて予測待時間を狂わす最大の不確定要因(前掲被告第一準備書面7頁4、5行参照)に対し、本件発明と同一のすばやい対応をとることができるものであるから、上記のような時間算出の態様を、本件発明の新規な構成ということはできないし、このような最大の不確定要因にすばやく対応できる点をもって本件発明に特有の効果と認めることもできない。
したがって、この点をもって本件発明の進歩性を根拠づけることはできない。」
また、上告人(原審原告)は、原審において、「本件待ち時間」の前半部分に該当し起算点をホール呼び発生時点、満了点を演算時点とする過ぎ去った期間の時間長さを算出する公知の算出手段(引用例発明3)の存在にいても、次のように主張立証していた(原告第一回準備書面一二頁二一行~一三頁四行)。
「のみならず、エレベータ業界においては、これまた審決が適法に認定しているように、算出時点より後の予測時間を算出する手段が本件発明の出願前から公知である(甲第5号証におけるd発明)ほか、算出時点までの継続時間を算出する手段もまた、本件発明の出願前から公知であった(甲第6号証におけるe発明)。」(注)右引用中の「甲第6号証におけるe発明」が原判決の言う引用例発明3である(審決書一五頁一〇~一二行、及び同頁二〇行~一六頁二行参照)。
(八)本件特許の出願前に、右のように優れた「将来の待時間」算出手段(引用例発明2)や、継続時間の算出手段(引用例発明3)が公知のものとして既に存在していた以上、当業者が「本件待ち期間」の時間長さを算出する手段としてこれらを選択採用することは決して困難なものではないのである。
しかるに、原判決は、このような原審原告(上告人)の主張に対し次のように判示している(二七頁一行~二八頁二行)。
「さらに、原告は、本件発明と引用例発明2とを比較すると、今後のサービス予測時間を算出する点で共通し、引用例発明2が今後のサービス予測時間だけを算出対象としているのに対し、本件発明ではこれにホール呼び発生後の継続時間を加算している点においてのみ相違し、この継続時間の加算は上記のとおり一般的な経験則であるから、本件発明は格別の進歩性を有するものでないと主張する。
しかし、引用例発明2は、単に今後のサービス予測時間を算出するものであって、サービス予測時間を算出する場合に、仮定運行時間と実際の運行時間のずれを解決するため、演算時点において継続時間と今後の予測時間とに分けて算出する技術思想を示唆するものではない。そして、引用例発明2に仮定運行時間と実際の運行時間のずれの解決という技術課題が認められない以上、上記のような一般的・抽象的な経験則を採用する動機ないし契機を欠くから、当業者にとって、この経験則を引用例発明2に適用することが容易であるとはいえず、原告の上記主張もまた採用できない。
その他原告の各主張がいずれも採用できないことは、前記説示に照らして明らかであり、本件全証拠によるも、引用例発明1~3及び周知例1~4から本件発明を推考することが容易であるということは、いまだできない。」
右の如き原判決の判示は、原審原告(上告人)の主張を十分に審理しているとすれば決してなし得ない筈のものである。すなわち、原判決は、一体何故に、引用例2について、「仮定運行時間と実際の運行時間のずれを解決するため、演算時点において継続時間と今後の予測時間とに分けて算出する技術思想」を示唆する記載が必要であると言うのか、全く不明である。
既述のように、「本件待ち期間」の時間長さを算出する方式を当業者が考察する場合、先ず、本件待ち期間の後半部分に該当し従来方式が時間予測の対象期間としていたサービス待ち期間(起算点は演算時点)については従来の算出方式(引用例発明2)によることとし、「本件待ち期間」の前半部分に該当し起算点(始点)をホール呼び発生時点、満了点(終点)を演算時点とする過ぎ去った期間についての時間長さは時計などの公知手段により別途算出し、その後に両者の算出結果を加算するという技術思想は、従来の算出方式(引用例発明2)が知られている以上、初歩的な期間と期間の加減算に関する知識があれば、思考の自然な流れとして何人もが当然に想到し得ることは通常人の経験則が充分に教えるところだからである。
原判決は、また、「仮定運行時間と実際の運行時間のずれを解決する」とか、「今後のサービス時間の予測の精度」、換言すれば「本件発明においては、新しく最新の情報に基づいて再計算することにより当初の予測時間であっても修正される場合がある」こととかを本件発明と公知技術との極めて重要な差異と捉え、これを過大に強調しているが、前述したところから既に明白であるように、原判決の言う「ずれ」の解消や「精度」は、演算時点において継続時間と今後の予測時間とに分けて算出する技術思想が右の如く容易に想到できれば、この技術思想を公知の算出手段を用いて実施するだけで必然的に実現される結果にすぎない。すなわち、予めこれらを意図しておかなければ右技術思想を想到し得ないとか、想到が困難になるというものでは決してないのである。
したがって、原判決には、この点においても、経験則に違背し、判決の結論に影響を及ぼすことが明らかな違法がある。
三、結論
以上を要するに、原判決は経験則に違背し、又は審理不尽の違法があること明白であり、これらの違法がなければ判決の結論を異にしたことも明らかであるから、破棄を免れないと確信して、本上告に及んだ次第である。
以上